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五難

五難曰脈有軽重何謂也
然初持脈如三菽之重與皮毛相得者肺部也如六菽之重與血脈相得者心部也如九菽之重與肌肉相得者脾部也如十二菽之重與筋平者肝部也按之至骨舉指来疾者腎部也
故曰軽重也



(自分なりの訳です。)
脈に軽重があるとはどういうことなのか。
脈を初めて持つときは、三菽の重さで皮毛部分を見るように診ます肺の部分となります。
六菽の重さで血脈の部分を見ると心の部分になります。
九菽の重さで肌肉の部分を見ると脾の部分になります。
十二菽の重さで筋の部分を見ると肝の部分になります。
骨の部分まで押さえて、指を挙げてはやく感じるのが腎の部分です。
なので軽重といいます。
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四難

四難曰脉有陰陽之法何謂也
然呼出心與肺吸入腎與肝呼吸之間脾受穀味也其脉在中
浮者陽也沈者陰也故曰陰陽也
心肺倶浮何以別之然浮而大散者心也浮而短濇者肺也腎肝倶沈何以別之然牢而長者肝也按之濡擧指來實者腎也脾者中州故其脉在中是陰陽之法也
脉有一陰一陽一陰二陽一陰三陽有一陽一陰一陽二陰一陽三陰如此之言寸口有六脉倶動也
然此言者非有六脉倶動也謂浮沈長短滑濇也
浮者陽也滑者陽也長者陽也沈者陰也短者陰也濇者陰也
所謂一陰一陽謂脉來沈而滑也一陰二陽者謂脉來沈滑而長一陰三陽謂脉來浮滑而長時一沈也
所言一陽一陰者謂脉來浮而濇也一陽二陰者謂脉來長而沈濇也一陽三陰謂脉來沈濇而短時一浮也
各以其經所在名病逆順也



(自分なりの訳です。)
脈に陰陽の法則があるとはどういうことなのか。

それは、
呼気は心と肺によって出され、吸気は肝と腎によって入ってくる。
呼吸の間に脾は穀を受ける。其の脈の位置は中(中脈)に在る。
浮いた脈は陽であり、沈んだ脈は陰です。なので陰陽と言うのです。
心と肺の脈は共に浮いているが、どう区別するのか。
それは浮いていて大きく散るような脈は心です。浮いていて短く渋る脈は肺です。
腎と肝の脈はともに沈んでいるが、どう区別するのか。
沈んでいて牢(沈にして実大長)なのが肝(沈んでいて、大きく力があり、滑らかで指に溢れるような長い脈)
少し強く按じてみると濡(軟らかい脈)であるが、そこから少し浮かしてやると実して力あるものが腎である。
脾は中州のようなもので、中脈にある。
これが陰陽の法則である。
脈には一陰一陽、一陰二陽、一陰三陽、一陽一陰、一陽二陰、一陽三陰とあるが六種類の脈状は一緒に表れるのか。
それは、六つの脈が一緒に動くのではありません。浮沈、長短、滑濇というかたちがあります。
浮脈、滑脈、長脈は陽です。沈脈、短脈、濇脈は陰です。
一陰一陽の脈は沈脈で滑らかなものです。
一陰二陽の脈は沈脈に滑と長が組み合わさった脈です。
一陰三陽の脈は浮滑長の脈の中に時折沈脈を現すものです。
一陽一陰の脈は浮脈で濇脈が合わさったものです。
一陽二陰の脈は(ここの原文は誤りみたいです)(おそらく正しくは)浮濇で短の脈になる。
一陽三陰の脈は浮脈が隠れて時折表れるが常には沈濇で短の陰の強い脈である。
それぞれの脈と経絡をむすびつけてその病が治し易いかそうでないかを知るのである。

三難

三難日脉有大過有不及有陰陽相乗有覆有溢有関有格何謂也
然關之前者陽之動也脉當見九分而浮過者法曰大過減者法曰不及
遂上魚爲溢爲外關内格此陰乗之脉也
關以後者陰之動也脉當見一寸而沈過者法曰大過減者法曰不及
遂入尺爲覆爲内關外格此陽乗之脉也
故曰覆溢
是其真蔵之脉人不病而死也



(自分なりの訳です。)
脈に大過や不及、陰陽相乗、覆、溢、関、格があるが、どういうことか。

それは、関の前は陽の部分の脈が表れています。九分の所で脈を診ます。浮き過ぎてるものを大過と言い浮いてなくて少ないものを不及と言います。
脈が魚際まで上がってきて溢れたような状態なのは、外関内格といいます。これは陰乗の脈といいます。陰が強くて陽が押されている状態。
関よりも後の部分が陰の脈が現れているところです。一寸の所で沈んでいます。これが(一寸を超えるほどに)大きすぎると大過といい、(一寸よりも)小さいものを不及といいます。
脈が尺の部分を越えて尺沢の方に伸びているのを覆といいます。内関外格といい、陽乗の脈です。陽が強くて陰が押されている状態。
そのため覆溢といいます。
これを真蔵の脈といい、病がなくても死ぬことになります。

二難

二難日昹有尺寸何謂也
然尺寸者昹之大要會也
従關至尺是尺内陰之所治也従關至魚際是寸口内陽之所治也
故分寸爲尺分尺爲寸
故陰得尺内一寸陽得寸内九分尺寸終始一寸九分
故曰尺寸也


(自分なりの訳です)
脈に尺寸があるとはどういうことか。

それは、尺寸は脈の集まる重要な所です。
関から尺に至る部分は尺の内で陰の治まる部分です、関から魚際に至る部分は寸口の内で陽の治まる所です。
だから寸を分けて尺とし、尺を分けて寸としています。
陰は尺の内の一寸となり、陽は寸の内九分となり、尺寸は始まりから終わりで一寸九分となる。
なので尺寸といいます。

2周目いきたいと思います(・д・)

一難日十二經皆有動脈獨取寸口以決五臓六腑死生吉凶之法何謂也
然寸口者脉之大會手太陰之脉動也
人一呼脉行三寸一吸脉行三寸呼吸定息脉行六寸
人一日一夜凡一萬三千五百息脉行五十度周於身
漏水下百刻栄衛行陽二十五度行陰亦二十五度爲一周也
故五十度復會於手太陰
寸口者五臓六腑之所終始故法取於寸口也


(自分なりの訳です)
十二経にはそれぞれに脈があるが、寸口だけを取って、五臓六腑の死生吉凶を決めるのはなぜか。

それは寸口は脈の大会である手太陰肺経の脈があるからです。
人間は一回(息を)吐くごとに三寸脈が進み、一回吸うごとに三寸脈が進みます、一呼吸で六寸脈は進みます。
人間は一日でだいたい一万三千五百回呼吸をし、脈は五十回全身をまわります。
一日で栄衛の気は陽を二十五回行き、陰も二十五回行き一周する。
なので五十回で手の太陰でまた合流する。
寸口は五臓六腑の脈が始まり終わるところなので寸口で十二経の状態を知るのである。

とりあえずの目標達成v(o゚∀゚o)v

やっと難経八十一難まで書ききる事ができました(´д⊂)

初めて〈一つだけですが〉鍼灸の古典を
最初から最後まで通して読むことができました+゚。*(*´∀`*)*。゚+

読んだからといって、内容を理解したわけでもないし、治療の腕が上がるわけではないですが、
読む事でなんとなく、鍼灸の効果がより深く入っていってる気がします。
(たぶん読む事で自己満足に陥り、出来た気になってるだけだと思いますが(つω-`。))

経絡治療でやっていこうと決めているので、これから何回も難経や他の古典も読んで
鍼灸医学を追求していきたいと思います(´∀`*)


今回、難経を書くにあたって、
ゆっくり堂さんのサイトを参考にさせていただきましたo(^▽^)o
ありがとうございます。

難経〈81〉

八十一難日。
経言。
無実実虚虚。
損不足而益有余。
是寸口脈耶。
將病自有虚実耶。
其損益奈何。
然。
是病非謂寸口脈也。
謂病自有虚実也。
仮令肝実而肺虚。肝者木也。肺者金也。
金木当更相平。
当知金平木。
仮令肺実而肝虚微少気。用鍼不補其肝。
而反重実其肺。
故日実実虚虚。
損不足而益有余。
此者中工之所害也。



八十一の難に曰く。
経に言う。
実を実し、虚を虚し、
不足を損じ有余を益すこと無かれとは。
是寸口の脈なりや、
將た病自ら虚実ありや、
其の損益奈何。
然るなり。
寸口の脈を謂うにあらざるなり。
病自らの虚実あるを謂うなり。
仮令ば肝実して肺虚す、肝は木なり、肺は金なり、
金木当に更々相平ぐべし、
当に金木を平ぐことを知るべし。
仮令ば肺実して肝虚す、微少の気、鍼を用いて其の肝を補ずして、
反って重ねて其の肺を実す。
故に実を実し、虚を虚し、不足を損じ有余を益すと日う。
此れ中工の害する所なり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経〈80〉

八十難日。
経言。
有見如入。有見如出者。何謂也。
然。
所謂有見如入者。
謂左手見気来至。乃内鍼。
鍼入見気盡。乃出鍼。
是謂有見如入。有見如出也。



八十の難に曰く。
経に言う。
見るること有って如て入れ、
見るること有って如て出すとは、何の謂いぞや。
然るなり。
所謂見るること有って如て入れるとは、
謂る左手に見るる気来り至って、乃ち鍼を内れ、
鍼入れて見るる気尽きて、乃ち鍼を出す。
是れ見るること有て如て入れ、見るること有て如てて出すと謂うなり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(79)

七十九難日。
経言。
迎而奪之。安得無虚。
随而済之。安得無実。
虚之与実。若得若失。
実之与虚。若有若無。何謂也。
然。
迎而奪之者。瀉其子也。
随而済之者。補其母也。
仮令心病。瀉手心主兪。是謂迎而奪之者也。
補手心主井。是謂随而済之者也。
所謂実之与虚者。牢濡之意也。
気来実牢者為得。濡虚者為失。故日若得若失也。



七十九の難に曰く。
経に言う。
迎えて之を奪わば、安虚なきことを得ん、
随って之を済わば、安実なきことを得ん。
虚と実とは、得るが若く、失が若し。
実と虚とは、得るが若く、失が若し。
何の謂ぞや。
然るなり。
迎えて之を奪うとは、其の子を瀉するなり。
随って之を済うとは、其の母を補うなり。
仮令えば心病は、手の心主の兪を瀉す、是れ謂る随って之を済うものなり。
いわゆる実と虚とは、牢濡の意なり。
気来ること、実牢なるものを得るとなし、濡虚なるものを失となす。
故に曰く、得るが若く、失が若しと。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(78)

七十八難日。
鍼有補瀉。何謂也。
然。
補瀉之法。非必呼吸出内鍼也。
知為鍼者。信其左。不知為鍼者。信其右。
当刺之時。必先以左手。厭按所鍼栄兪之処。弾而努之。爪而下之。
其気之来。如動脈之状。順鍼而刺之。
得気因推而内之。是謂補。
動而伸之。是謂瀉。
不得気。乃与男外女内。
不得気。是謂十死不治也。



七十八の難に曰く。
鍼に補瀉有りとは何の謂いぞや。
然るなり。
補瀉の法は必ずしも呼吸出内の鍼にあらざるなり。
鍼をなすことを知るものは其の左を信い、鍼をなすことを知らざるものは其の右を信う。
当に刺の時にあたって。先づ左手を以って鍼するところを厭按して、弾いて之を努まし、爪して之を下す。
其の気の来ること、動脈の状の如くにして、鍼を順にして之を刺す。
気を得て因って推して之を内る。是を補と謂う。
動じて之を伸ぶる。是を瀉と謂う。
気を得ずんば乃ち与うるに男は外に女は内にす。
気を得ずんば是を十死不治と謂うなり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(77)

七十七難日。
経言。
上工治未病。中工治已病者。何謂也。
然。
所謂治未病者。見肝之病。則知肝当傳之與脾。
故先実其脾気。無令得受肝之邪。
故日治未病焉。
中工治已病者。見肝之病。不暁相傳。但一心治肝。
故日治已病也。



七十七の難に曰く。
経に言う。
上工は未病を治し、中工は已病を治す、とは何の謂いぞや。
然るなり。
所謂未病を治すとは、肝の病を見て、即ち肝当にこれを脾に伝うべし。
故に先づその脾の気を実して、肝の邪を受けざらしむることなし。
故に曰く未病を治すと。
中工は已病を治すとは肝の病を見て、相伝わることを暁さずして、但一心に肝の病を治す。
故に曰く已病を治すなりと。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(76)

七十六難日
何謂補瀉。当補之時。何所取気。当瀉之時。何所置気。
然。
当補之時。従衛取気。当瀉之時。従栄置気。
其陽気不足。陰気有余。当先補其陽。而後瀉其陰。
陰気不足。陽気有余。当先補其陰。而後瀉其陽。
栄衛通行。此其要也。



七十六の難に曰く。
何をか補瀉と謂う。当に補うべきの時、何れの所より気を取り、当に瀉すべき時、何れの所に置くや。
然るなり。
当に補う時は衛より気を取り、当に之を瀉する時は栄より気を置く。
其の陽気不足、陰気有余は、当に先づ其の陽を補って、而して後に其の陰を瀉すべし。
陰気不足、陽気有余は、当に先づ其の陰を補って、而して後に其の陽を瀉すべし。
栄衛通行す、此れ其の要なり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(75)

七十五難日。
経言。
東方実。西方虚。瀉南方。補北方。何謂也。
然。
金木水火土。
当更相平。
東方木也。西方金也。
木欲実。金当平之。
火欲実。水当平之。
土欲実。木当平之。
金欲実。火当平之。
水欲実。土当平之。
東方肝也。則知肝実。
西方肺也。則知肺虚。
瀉南方火。補北方水。
南方火。火者木之子也。
北方水。水者木之母也。
水勝火。
子能令母実。
母能令子虚。
故瀉火補水。欲令金不得平木也。
経日。
不能治其虚。何問其餘。此之謂也。



七十五の難に曰く。
経に言う。
西方虚せば、東方実す、北方を補えば、南方も瀉されるとは何の謂ぞや。
然るなり。
金木水火土。
当に更々相平ぐべし。
東方は木なり、西方は金なり、
木実せんと欲せば金当に之を平ぐべし。
火実せんと欲せば水当に之を平ぐべし。
土実せんち欲せば木当に之を平ぐべし。
金実せんと欲せば火当に之を平ぐべし。
水実せんと欲せば土当に之を平ぐべし。
西方は肺なり、則ち知らん肺虚することを、
東方は肝なり、則ち知らん肝実することを。
北方の水を補い、南方の火が瀉される。
南方は火、火は木の子なり、
北方は水、水は木の母なり。
水は火に勝つ。
子能く母を実せしむべし、
母能く子を虚せしむべし、
故に水を補い火が瀉され、金をして木を平らぐることを得せしむなり。
経に曰く、
其の虚を治することを能はずんば、何ぞ其の余を問わん。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(74)

七十四難曰。
経言。
春刺井。夏刺栄。季夏刺兪。秋刺経。冬刺合者。何謂也。
然。
春刺井者。邪在肝。
夏刺栄者。邪在心。
季夏刺兪者。邪在脾。
秋刺経者。邪在肺。
冬刺合者。邪在腎。
其肝心脾肺腎。而繋於春夏秋冬者。何也。
然。
五臓一病。輒有五也。
仮令肝病。色青者肝也。臊臭者肝也。喜酸者肝也。喜呼者肝也。喜泣者肝也。
其病衆多。不可盡言也。
四時有数。而竝繋於春夏秋冬者也。
鍼之要妙。在於秋毫者也。



七十四の難に曰く。
経に言う。
春は井を刺し、夏は栄を刺し、季夏は兪を刺し、秋は経を刺し、冬は合を刺すものは、何の謂いぞや。
然るなり。
春井を刺すものは、邪肝に在り、
夏栄を刺すものは、邪心に在り、
季夏兪を刺すものは、邪脾に在り、
秋経を刺すものは、邪肺に在り、
冬合を刺すものは、邪腎に在り、
其の肝心脾肺腎、而も春夏秋冬に繋るものとは、何んぞや。
然るなり。
五臓の一病は、輒ち五つあり。
仮令えば肝病は、色青きものは肝なり、臊臭は肝なり、酸を喜ぶものは肝なり、呼ことを喜ぶものは肝なり、泣を喜ぶものは肝なり。
其の病衆多にして、尽く言うべがずなり。
四時数あって、而して並に春夏秋冬に繋がるものなり。
鍼の要妙は、秋毫にあるものなり。

この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(73)

七十三難日。
諸井者。肌肉浅薄。気少不足使也。刺之奈何。
然。
諸井者木也。
栄者火也。
火者木之子。当刺井者。以栄瀉之。
故経言。
補者不可以為瀉。瀉者不可以為補。
此之謂也。



七十三に難に曰く。
諸々の井は、肌肉浅薄、気少なく使しむるに足らず、之を刺すこと奈何。
然るなり。
諸々の井は木なり、栄は火なり。
火は木の子、当に井を刺すべきものは、栄を以って之を瀉す。
故に経に言う。
補うものは以って瀉をなすべからず、瀉すべきものは以って補をなすべからず。
此れ之の謂なり。

難経(72)

七十二難日。
経言。
能知迎随之気。可令調之。調気之方。必在陰陽。何謂也。
然。
所謂迎随者。知栄衛之流行。経脈之往来也。随其逆順而取之。故日迎随。
調気之方。必在陰陽者。知其内外表裏。随其陰陽而調之。故日。調気之方。必在陰陽。



七十二の難に曰く。
経に言う。
能く迎随の気を知って、之を調べし、気を調える方は、必ず陰陽に在りとは、何の謂いぞや。
然るなり。
所謂迎随は、栄衛の流行、経脈の往来を知るなり。
其の逆順に随って而して之を取る。故に迎随と日う。
気を調えるの方は、必ず陰陽に在りとは、内外表裏を知って、其の陰陽に随って之を謂う。
故に気を調えるの方は、陰陽に在りと日う。

難経(71)

七十一難日。
経言。
刺栄無傷衛。刺衛無傷栄。何謂也。
然。
鍼陽者。臥鍼而刺之。
刺陰者。先以左手。攝按所鍼栄兪之処。気散乃内鍼。
是謂刺栄無傷衛。刺衛無傷栄也。



七十一の難に曰く。
経に言う。
栄を刺すには衛を傷ること無かれ、衛を刺すには栄を傷ること無かれとは何の謂いぞや。
然るなり。
陽に鍼するものは、鍼を臥せて之を刺す。
陰を刺すものは。先づ左手を以って、鍼する所の栄兪の所を接按して、気を散じて乃ち鍼を内る。
是を栄を刺すに衛を傷ること無かれ、衛を刺すに栄を傷ること無かれと謂うなり。

難経(70)

七十難日。
経言。
春夏刺浅。秋冬刺深者。何謂也。
然。
春夏者。陽気在上。人気亦在上。故当浅取之。
秋冬者。陽気在下。人気亦在下。故当深取之。
春夏各致一陰。秋冬致一陽者。何謂也。
然。
春夏温。必致一陰者。初下鍼。沈之至腎肝之部。得気引持陰也。
秋冬寒。必致一陽者。初内鍼。浅而浮之。至心肺之部。得気推内之陽也。
是謂春夏必致一陰。秋冬必致一陽。



七十の難に曰く。
経に言う。
春夏は刺すこと浅く、秋冬は刺すこと深きとは、何の謂いぞや。
然るなり。
春夏は陽気上に在り、人の気も亦上に在り、故に当に浅く之をとるべし。
秋冬は陽気下に在り、人の気も亦下に在り、故に当に深く之を取るべし。
春夏は各々一陰を致り、秋冬は各々一陽を致るとは、何の謂いぞや。
然るなり。
春夏は温、必ず一陰を致るとは、初めて鍼を下すに、之を沈めて腎肝の部に至り気を得て引いて之を陰に持するなり。
秋冬は寒、必ず一陽を致るとは、初めて鍼を内るに、浅くして之を浮べ、心肺の部に至り、気を得て推して之を陽に内るなり。
是れ春夏は必ず一陰を致り、秋冬は必ず一陽を致すという。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(69)

六十九難日。
経言。
虚者補之。実者瀉之。
不虚不実以経取之。何謂也。
然。
虚者補其母。
実者瀉其子。当先補之。然後瀉之。
不実不虚。以経取之者。是正経自生病。不中他邪也。当自取其経。故言以経取之。



六十九の難に曰く。
経に言う。
虚するものは之を補い、実するものは之を瀉し、
虚せず実せずんば、経を以って之を取るとは、何の謂いぞや。
然るなり、
虚するものは其の母を補い、
実するものは其の子を瀉す。
当に先づ之を補って、然して後に之を瀉すべし。
虚せず実せずんば、経を以って之を取るとは、是れ正経自ら病を生じて、他邪に当らざればなり。
当に自ら其の経を取るべし。故に言う経を以って之を取ると。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(68)

六十八難日。
五臓六腑。各有井栄兪経合。皆何所主。
然。
経言。
所出為井。所流為栄。所注為兪。所行為経。所入為合。井主心下満。
栄主身熱。兪主体重節痛。経主喘欬寒熱。合主逆気而泄。
此五臓六腑。其井栄兪経合所主病也。



六十八の難に曰く。
五臓六腑井栄兪経合有り、皆何を主る所ぞ。
然るなり。
経に言う。
出る所を井をなし、流るる所を栄をなし、注ぐ所を兪となし、行く所を経となし、入る所を合となす。
井は心下満を主り、栄は身熱するを主り、兪は体重節痛を主り、経は喘咳寒熱を主り、合は逆気して泄すことを主る。
此れ五臓六腑其井栄兪経合の主る病なり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(67)

六十七難日。
五臓募皆在陰。而兪在陽者。何謂也。
然。
陰病行陽。陽病行陰。故令募在陰。兪在陽。



六十七の難に曰く。
五臓の募は皆陰に在り、而して兪は陽に在るは何の謂いぞや。
然るなり、
陰病は陽に行き、陽病は陰に行く。故に募は陰に在り、兪は陽に在らしむ。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(66)

六十六難日。
経言。
肺之原。出于太淵。
心之原。出于太陵。
肝之原。出于太衝。
脾之原。出于太白。
腎之原。出于太渓。
少陰之原。出于兌骨。
胆之原。出于丘墟。
胃之原。出于衝陽。
三焦之原。出于陽池。
膀胱之原。出于京骨。
大腸之原。出于合谷。
小腸之原。出于腕骨。
十二経皆以兪為原者。何也。
然。
五臓兪者。三焦之所行。気之所留止也。
三焦所行之兪為原者。何也。
然。
臍下腎間動気者。人之生命也。十二経之根本也。故名日原。
三焦者。原気之別使也。主通行三気。経歴於五臓六腑。
原者。三焦之尊號也。故所止輒為原。
五臓六腑之有病者。皆取其原也。



六十六の難に曰く。
経に言う。
肺の原は太淵に出で、
心(包)の原は大陵に出で、
肝の原は太衝に出で、
脾の原は太白に出で、
腎の原は太渓に出で、
少陰の原は兌骨に出る。
胆の原は丘墟に出で、
胃の原は衝陽に出で、
三焦の原は陽池に出で、
膀胱の原は京骨に出で、
大腸の原は合谷に出で、
小腸の原は腕骨に出る。
十二経皆兪を以って原となすものは何ぞや。
然るなり。
五臓の兪は三焦の行く所、気の留止する所なり。
三焦行く所の兪を原となすは何んぞや。
然るなり、
臍下腎間の動気は人の生命なり、十二経の根本なり。
故に名けて原と日う。
三焦は原気の別使なり、三気を通行し、五臓六腑に経歴することを主る。
原とは三焦の尊号なり。
故に止る所に輒ち原となす。
五蔵六腑の病ある者は皆其の原を取るなり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(65)

六十五難日。
経言。
所出為井。所入為合。其法奈何。
然。
所出為井。井者。東方春也。万物之始生。故言所出為井也。
所入為合。合者。北方冬也。陽気入臓。故所入為合也。



六十五の難に曰く。
経に言う。
出る所を井となす、入る所を合となす、其の法いかん。
然るなり。
出る所を井となすとは、井は東方の春なり、万物の始めて生ず、故に出る所を井となすなり。
入る所を合となすとは、合は北方の冬なり、陽気入蔵す、故に入る所を合となす。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(64)

六十四難日。
十変又言。
陰井木。陽井金。陰栄火。陽栄水。陰兪土。陽兪木。陰経金。陽経火。陰合水。陽合土。
陰陽皆不同。其意何也。
然。
是剛柔之事也。
陰井乙木。陽井庚金。
陽井庚。庚者乙之剛也。
陰井乙。乙者庚之柔也。
乙為木。故言陰。井木也。
庚為金。故言陽。井金也。
餘皆倣此。



六十四難に曰く。
十変に又言う。
陰井は木、陽井は金、陰栄は火、陽栄は水、陰兪は土、陽兪は木、陰経は金、陽経は火、陰合は水、陽合は土、
陰陽皆同じからず、其の意何ぞや。
然るなり、
是れ剛柔のことなり。
陰井は乙の木、陽井は庚の金、
陽井は庚、庚は乙が剛なり。
陰井は乙、乙は庚が柔なり。
乙は木となす、故に陰井の木と言うなり、
庚は金となす、故に陽井の金と言うなり。
余は皆此にならえ。

難経(63)

六十三難日。
十変言。
五臓六腑栄合。皆以井為始者。何也。
然。
井者東方春也。
万物之始生。諸蚑行喘息。蜎飛蠕動。
当生之物。莫不以春而生。
故歳数始於春。日数始於甲。
故以井為始也。



六十三の難に曰く。
十変に言う。
五臓六腑栄合皆井を以って始をなすとはなんぞや。
然るなり。
井は東方の春なり。
万物の始めて生じ、諸々蚑行し、喘息す、蜎飛蠕動し、
当に生ずべきの物、春を以って生ぜずということなし。
故に歳の数は春に始まり、日の数は甲に始まる。
故に井を以って始となすなり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(62)

六十二難日。
臓井栄有五。腑独有六者。何謂也。
然。
腑者。陽也。
三焦行於諸陽。故置一兪。名日原。
腑有六者。亦與三焦共一気也。



六十二の難に曰く。
臓に井栄五有り。腑に独り六つ在るは何の謂いぞや。
然るなり。
腑は陽なり。三焦は諸陽に行く。故に一兪を置いて名けて原と日う。
腑に六あるものは三焦と共に一気なればなり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(61)

六十一難日。
経言。
望而知之。謂之神。
聞而知之。謂之聖。
問而知之。謂之工。
切脈而知之。謂之巧。何謂也。
然。
望而知之者。望見其五色。以知其病。
聞而知之者。聞其五音。以別其病。
問而知之者。問其所欲五味。以知其病所起所在也。
切脈而知之者。診其寸口。視其虚実。以知其病在何臓腑也。
経言。
以外知之。日聖。
以内知之。日神。此之謂也。



六十一の難に曰く。
経に言う。
望んで之を知る。之を神と謂う。
聞いて之を知る。之を聖と謂う。
問うて之を知る、之を工と謂う。
脈を切して之を知る。之を巧と謂うとは何の謂いぞや。
然るなり。
望みて之を知るとは其の五色を望み見て以って其の病を知るなり。
聞いて之を知るとは其の五音を聞いて以って其の病を別つなり。
問うて之を知るとは其の欲する所の五味を問うて、其の病の起る所、在る所を知るなり。
脈を切して之を知るとは、其の寸口を診して其の虚実を視て以って其の病の病むこと何れの臓腑に在ることを知るなり。
経に言う。
外を以って之を知るを聖と日い。
内を以って之を知るを神を日うは此れ之の謂なり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

難経(60)

六十難日。
頭心之病。有厥痛。有真痛。何謂也。
然。
手三陽之脈。受風寒。伏留而不去者。名厥頭痛。
入連在脳者。名真頭痛。
其五臓気相干。名厥心痛。
其痛甚。但在心。手足青者。即名真心痛。
其真心痛者。旦発夕死。夕発旦死。



六十の難に曰く。
頭心の病に厥痛有り、真痛有りとは何の謂いぞや。
然るなり、
手の三陽の脈、風寒を受け伏留して去らざるもの、則ち厥頭痛と名づく。
入りて脳に連在するものを真頭痛と名づく。
其の五臓の気相干すを厥心痛と名づく。
其の痛み甚だしきこと、但心に在って、手足青ゆるもを即ち真心痛と名づく。
其の真心痛の者は旦に発すれば夕に死し、夕に発すれば旦に死す。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。

本治法の効果?

午前中は鍼灸整骨院で働いてますが、
やってることは電気当ててマッサージというお決まりのパターン(つω-`。)
週一回だけ鍼灸の患者さんを担当しています(^◇^;)

三月の中旬に遂に『鍉鍼』を購入+゚。*(*´∀`*)*。゚+
別に特別な物でもなく、一般的な『バネ式鍉鍼』ですε-(´∀`; )

鍉鍼なら消毒したりする手間も無いし、
患者さんにも抵抗なく受け入れてもらえるだろうと思い
普段、担当させてもらってる患者さんに試させてもらってます。

案外、皆さん素直に受け入れてくれてホッとしてますε-(´∀`; )

治療内容は普段の【電気】→【手技】の後に
脈診をして鍉鍼で本治法を行なっています。

そこでただの偶然だと思いますが、
花粉症で鼻をズルズルいわせてる患者さん(66歳♀)
始めて本治法を試させていただいたとき
腎虚と診て、復溜・経渠に鍉鍼を当てる。
脈が変わったことを確認して、試させて頂いたお礼を言ったら、
鼻のズルズルが止まっていた(゚д゚)
その時は、効いたんだと思いましたが、
特に何も言わず
私「鼻止まりましたね」
患者さん「止まりましたね」
で終わりました(^◇^;)
その後も、二回腎虚で本治法を行い、三回目肝虚で本治法を行い
終わったところで患者さんが
「今年は花粉症もうおさまったんですよ〜」と言ったのです。
例年は4月の後半くらいまで続くそうです。
特別薬の服用も無し、症状の出始めに少し点鼻薬とアレジオンを服用したそうです。
私も「良かったですね」としか言わなかったですが
内心、本治法が効いたんじゃないかとテンションが上がりまくってました(笑)
アレジオンの効果もあったのかもしれませんが、
超前向きに考えて本治法が効いたと思い込むようにしてます(^◇^;)

もっともっと技術をつけていきたいな〜

難経(59)

五十九難日。
狂癲之病。何以別之。
然。
狂之始発。少臥而不饑。自高賢也。自辨智也。自貴倨也。妄笑好歌楽。妄行不休。是也。
癲疾始発。意不楽。直視僵仆。
其脈三部陰陽倶盛。是也。



五十九の難に曰く。
狂癲の病、何を以ってか之を別たん。
然るなり。
狂疾の始めて発すは、臥すこと少しくして飢えず、自ら賢を高ぶり、
自ら智を弁智ありとし、自ら貴を居るなり、妄りに笑い、歌楽を好み、
妄行しては休まざる是なり。
癲疾の始めて発するや、意楽しまず、
僵仆し直視す。
其の脈三部陰陽倶に盛んなる是なり。


この文章はゆっくり堂鍼灸院・山口一誠先生の難経ポイントを参考にしています。
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